戦国御伽絵巻ヒデヨシ 観劇メモ

心が熱くなる、大好きな作品です。本当におつかれ様でございました。すてきな御伽絵巻の世界をありがとうございました。
備忘録として書きます。感想と、お話のメモです。
箇条書きでつらつらと、ネタバレしかありません(ごめんなさい)
時系列でもなく、ごちゃまぜです。
色々こねくりまわして考えるのが好きなので、好き勝手な解釈ばかりです。歴史についても、大昔中二病で一瞬聞きかじっただけの知識です、申し訳ございません…
書き直したり書き加えたりごちょごちょやっています。
色々なまちがいはどうかご容赦くださいませm(_ _)m

サントラを…ください……



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戦国御伽絵巻『ヒデヨシ』
秀吉、光秀、半兵衛、シャチ、家康、ウツボ、登場人物一人ひとりの人生や考え方、思惑、さまざまな関係性が味わえるお話でした。
表情ひとつ、呼吸ひとつが、繊細にお話を作り上げていました。ことばとことばの間、沈黙の意味、顔色の変化、細かな点をすべて追って考えたくなる舞台でした。


木下秀吉

  • 人情味あふれる優しさ大らかさ、どこかを 誰かをじっと見つめているときの目の澄んでいること
  • 子供やお年寄りにも優しくあたたかい、従いていきたくなるお人柄
  • 半兵衛との仲良し加減が日に日に上がっていっているようにお見受けしました
  • 大親友との話も気になります
  • 人を殺したくないという信念でいるけれど、半兵衛が自分を逃がすために実質自害し、シャチを目の前で失い、信長(家康)にも騙され、なくしたものがとても多いお方
  • けれど、それらを経てもやっぱり人を死なせたくないという信念はお変わりない
  • 「人の命なんだと思ってんだ!!」と光秀に掴みかかるシーン、たまりません
  • 半兵衛亡き後は、どうしたら現状がよくなるかを自分で必死に考えてる様子で、お一人になった時どうなさるおつもりですか ということばに応えているようにも見える
  • 光秀と力を合わせたかったけれど相容れないものがある、人の生き様だから説得しきれない部分の遣り切れなさも味わっている
  • 戦乱の世を続けたくない、自分で天下を取るしか道がなくなったとき、光秀を討ちに向かうときの 覚悟を決めたような、すこし諦めきれないような、つらそうな表情
  • 敵を蹴散らすために、不思議な力を見せつけるように手を広げたら敵が怯んで、それを見てあわわわ と一瞬動揺しているかわいい秀吉様


明智光秀

  • 戦に生き、自分の居場所は戦の中にしか見出せないお方
  • 信じたものに裏切られ続けている、不遇の人
  • 秀吉に、手を取り合おうと言われて応とも否とも答えられない場面、どんな思いでいるのでしょう
  • 秀吉がピンチの時に現れて助ける、光秀がピンチの時は秀吉が現れる
  • 光秀が黒顕に殺されそうになったとき、秀吉が不思議な力を見せつけるように現れたときの光秀の口元が笑っている
  • 人を死なせたくないのは綺麗事だし到底無理なことは分かっている、けれど秀吉のことを嫌いになりきれない、その上で相容れないことも承知している
  • 殺陣のうつくしさ、オープニングで音楽のとぎれるのに合わせて刀をおさめる格好良さ、黒顕を後ろから刺し殺すときの刀を握りしめ直す手の優雅さ、刀を振るう動きが停止したとき髪紐がふわりと遅れて揺れる可憐さ
  • 若かりし頃の声や演技が現在の光秀と本当に違う……慕っていたのに と、城など欲しくない と小さく叫ぶときのつらそうな表情、目のうるみ、そこから現在の光秀に変わり、表情ががらりと変化する
  • 秀吉と訣別したあとの黒手袋が泣ける
  • 流星群を仲間の鼓舞に使うと秀吉に話した光秀が、秀吉はそれを忘れているわけがないと思った上での行動だとしたら、この後秀吉と対峙することも頭にあるだろうし、全力でぶつかるだろう反面、戦乱の世でしか生きられない自分を秀吉にどうしてほしかったのか
  • カーテンコールでの御辞儀、次の番の秀吉を呼ぶときの手の挙げ方や指先が最後まで光秀
  • 不器用でかわいらしくて、生き様がかなしくて、大力さんも仰っていたけれど、愛される光秀公


竹中半兵衛

  • 秀吉に仕え、主を立て真面目で優しい半兵衛さん
  • 常に何かを思い、憂いているような表情
  • 月よりうごめく星に目がいく、物事の何手先も読んでいるんだろうと想像できる
  • 直垂のひらめく様がうるわしい
  • カーテンコールのあと、伏し目がちのまま移動して見得をするときの目に光が反射するうつくしさ
  • 何かを決意したときの表情の変化がつらい
  • もし半兵衛がいなくなったとき秀吉がどう行動するのかということや、無理だと理想を諦めてしまう秀吉に対する思いもあったのか
  • 半兵衛の言動が「私がいないとだめ」なのか「私がいてはだめ」なのか、秀吉にとっての半兵衛の立ち位置がどちらともとれる
  • 自分の先が長くないのを知っていたのか、最期の仕事をするといって自らの首を切る半兵衛、諦念をもった秀吉の目を覚ますことになったであろう衝撃的な行動でした
  • 事切れるときに朦朧と宙を彷徨う視線、意識をはっきりもちながら命が尽きるようなときもあった
  • 法螺が露呈してしまうから、名前を叫ぶことも駆け寄ることもできない秀吉の表情が壮絶につらい
  • 一見無謀とも思える、文字通り命を賭けた作戦だけど、秀吉が危険な局面で半兵衛の吹いた法螺が効いている
  • 自分が天下を取ると決めた秀吉を見て、儚く優しく微笑む半兵衛
  • 秀吉と光秀が袂を分かつことも予測していたんだろうか
  • もっと秀吉の右腕として仕えて、秀吉のつくる天下を見てみたかったんだろうなと思って泣けました
  • 秀吉と光秀と半兵衛が、それぞれの得意なところを発揮して国を治めていく未来が見てみたかったと思えるのも、御伽絵巻ならでは


シャチ

  • 純粋で、村が襲われた日から時が止まって心が死んでしまったような印象を受けるシャチ
  • 重力に任せて下に降りてくるときの手練れたる雰囲気
  • 黒顕に剣術を教わりながら、ウツボと暮らしてきた日々を思うとただただ泣ける
  • 殺すことは良いことだと素直に思っていて、苦しいなら楽にしてあげると悪気なく口にする
  • 秀吉や光秀、半兵衛のやりとりや話や思いを見聞きして、心を取り戻していった
  • 笑わないシャチを笑わそうとする秀吉、光秀の場面があったからこそ、シャチは光秀を斬りつけこそすれトドメをさせなかった
  • 秀吉の語る言葉に耳を傾けていたからこそ、守りたいものを判断できるようになった
  • 殺陣の鮮やかさ、殺し方を叩き込まれているような刀の使い方
  • ウツボを亡くした直後、自分の意志で秀吉を守り、また亡くなった
  • 今までは命令で動いていたシャチに、ウツボや秀吉たちの思いが宿っていることがわかって泣けた
  • 最期まで真っ直ぐで純真無垢な、そしてきっと熱い心を持っている人だった


徳川家康

  • あたたかく包容力のあるお声、おだやかな笑顔、力強く優しい言葉
  • なんてすてきな家康公なんだろうと思いながら、ただただ秀吉たちとのやりとりをたのしくほっこりしながら観ていた
  • 最後の最後の手前まで、とても頼れる仲間という印象だった
  • 秀吉のことを守り、半兵衛の心にも寄り添い、光秀ともバスケする仲になり、秀吉とはまた異なる人望の厚さ
  • 光秀が、家康は嘘をつくのが下手だというようなことを言うシーン、2度目観たときぞっとした
  • 知略を誰よりも巡らせていたのはこの人だった、半兵衛はどこまで察知していたんだろうか
  • 顕如との最後のシーンは鳥肌もの、主人公サイドの目線でお話を観ていたので純粋に怖いし悲しいし、つらい
  • 2回以上観た方は、劇中の家康の一挙手一投足が気になって仕方なくなると思う
  • 観劇が終わってから史実を思い出して、そうでしたね……となるお方


ウツボ

  • シャチ、と声をかけるときの優しく微笑む顔と、敵対していたときの秀吉たちを見るときの顔が全然違う
  • ウツボが影の主人公、とても言い得て妙だと思いました
  • 秀吉が信じている信長の部下が、ウツボたちの村をひどい形で襲ってしまった
  • 苦しみがずっと続くなら、信長が天下を取るくらいなら、死んだほうがマシだと言い切る背景を想像すると泣けてくる
  • 笑わなくなった弟の面倒を見て助け合いながら、処世術を学んできたのが悲しい
  • 秀吉に心揺さぶられて、死んだほうがマシだと言っていた世を自分の意志で生き抜いた
  • 兄が弟を思う気持ち、兄弟の絆をひたひたに、痛いくらいに感じた
  • ウツボとシャチの兄弟は、信長のつくる戦乱の世に翻弄された結果だけど、最期に自分の意志で動いたところが本当に格好良かった


足利義昭

  • 義昭公のおちゃめな雰囲気が、途中がらりと変化するのがすごい
  • 扇子を使い、光秀に風が吹いてきたな、と笑顔になるところがとてもすてき
  • 汚点となる、のときも扇子でちょんとする仕草が、台詞は恐ろしいし腹立たしいのに何だか憎めなくて、でも将軍としての地位があるのに実権を握れていないもどかしさや焦りも感じた
  • 茶器をパスされてあたふたしているときのわちゃわちゃ感が可愛らしかった


 

  • 顕如の、言ってることは真っ当かもしれないけどやってることのえげつなさがとても人間味溢れていた
  • なよやかな立ち振る舞いと美しい笑顔、寛容なところが逆に怖い
  • 流星群に怯える姿、黒顕に縋りつくのが幼く可愛く見えつつ、黒顕をも踏み台にして策を進めていく強かな人
  • 家康との会話に鳥肌が立った

 

  • 黒顕の、一段格が違うオーラがものすごく怖い、ラスボスだと思っていた
  • 殺陣にも余裕がみられるし、誰も勝てなさそうな黒顕を、秀吉、光秀、シャチで倒したのが泣ける
  • 腰布のひらひらがとてもとても格好良かった

 

  • 三猿さんそれぞれの性格も違うし、開演前に客席を歩いて物語へスムーズに接続してくださった
  • 動きのキレやなめらかさが観ていてたまらなかった
  • シリアスな展開の中、かわいい三猿さんが清涼剤となって癒してくださった
  • 途中で色々な役も務められていて、お猿以外にもたくさん演じられていてそれも楽しかった

 

  • 立ち回りの方々が、殺陣でたくさん斬られていくのが、斬られ方が綺麗でリアルで目を奪われた
  • 光安などの重要な役や台詞もたくさんあって、でも役に入り込んでいてすごい

 

  • 音楽がとてもとてもたまらない
  • オープニングの曲を聴くだけで今は涙が出る
  • とても、フルオーケストラ演奏で聴いてみたい
  • スコアがほしいです、演奏したくなる格好良さ
  • しっとり落ち着いた曲で登場人物が姿を表すところも、切なくて泣いてしまいます
  • 戦いのシーンの太鼓の一定のリズムや、家康が光秀のところに出向いたシーンの弦の音などなど、全部格好良い曲
  • 本当に本当に本当にサントラがほしいです

 

  • 衣装も本当に素敵
  • 光秀の髪紐と花の紋の入った胸当て?、半兵衛の布地の多い直垂と肩当てのような銀色の布、家康のどっしりした陣羽織などなど、特徴がひと目で分かるし人柄も反映された素敵なお衣装
  • どれも殺陣で映えるし人物の人柄が現れた衣装
  • 色も鮮やかでほんとに綺麗

 

  • 鳥獣戯画風の絵が、それぞれのモチーフとなる動物がとても可愛らしかったです
  • 繰り返し観劇するほどに、どんどん味わい深くなる、飽きるどころかもっともっとじっくり観たいと強く思う舞台でした
  • もし、こんな秀吉だったら、光秀だったら と考えて、とても楽しくなる御伽絵巻
  • 役者さん方も手練れ揃いで、お一方ずつお話の頭から追って観ていきたいです
  • サントラが出ますように
  • お話自体ももっと読み込みたいというか、台本にどのように、どこまで書かれているのだろうというのも気になるし(役者さん方がそれぞれお考えになった表現とト書きとが気になります)、このヒデヨシのお話を小説で読みたいです
  • マイクを通していない、肉声でお芝居が観られるのも、とても贅沢でした。鼓膜に音が響くたびに浄化されるようでした

 
登場人物の言葉を反芻したり、史実を勉強し直したり、いろいろと考えながら DVDを楽しみに待ちたいと思います。
五人の勇ましくうつくしい立ち姿、生き様は、忘れられません。
 

おん・すてーじ 真夜中の弥次さん喜多さん 双 感想メモ

 

おんすて弥次喜多双 大変おつかれ様でございました、すてきな舞台をありがとうございました。そして、三重(仮)まことにおめでとうございます。

 

 

以下、双のお話の流れにそった感想メモです。弥次喜多原作はじめ他の媒体の話もまざっております。微妙に修正・追記を繰り返しております。

好きにぶちまけた感想です。考察はほとんどありません、思い込みやら妄想やらが入っております。申し訳ございません……色々なまちがい等どうかご容赦くださいませ。
そして語彙力はゼロです

 

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客席で待っている間あらいさんの曲がかかっていて、初演の時をなつかしく思い出しました(cameraやbee、リボン、凸凹を流してから初演を観ると、劇場の空気を思い出せて最高です)。

今回★LUCKY★が流れていて、歌詞はとても双にぴったりなのに終盤の音のカオス感にぞわっとしました……双がはじまる前の選曲で、とてもたのしみな気持ちと、すこしぞわぞわした気持ちとで開演を待ちました。

 

事前のイベントで女装という言葉がちらっと出ていたので(多分)、てっきり蓮と石段の話をやるのかと思っていたところに、席に着いたとたんボンドガール達が悠然と客席の間を縫って歩きはじめたので、初回の衝撃といったらすさまじかったです。
バーバラさんの腹筋とおしりと腰を抜かしそうになる対応、ジョディさんの面白い言動の数々と肌の美しいこと、ローズちゃんのびっくりする衣装とはじける笑顔、パメラちゃんのセクシーダイナマイト美女っぷり、リーのかわいさ全開のアイドル感、最高でした。
ボンドガールのBGMがめちゃくちゃ好きです元気が出まくります。切にサントラをお願いします……

 

添乗員さんが今回はふたりでいらっしゃいました。
田代さんは初演でも添乗員として観客を弥次喜多の世界へ案内してくださったので、登場なさった時の安堵感が半端なかったです。カオスな話とのスムーズな接続といいますか、そのような感じでものすごく安心しました。
福井さんとの掛け合いも面白くて、お二人がとても頼れる兄貴分のような感じがしました。話すとき、福井さんが一瞬呼吸をするのが毎回面白かったです。

 

弥次喜多ダンシング』のイントロが流れた瞬間、おん・てぃーびーからの旅の続きなんだなあと勝手に思って涙腺がゆるっゆるになりました。あの音楽を全身にあびて双がはじまるのを感じられることがまず幸せで、鳥肌が立ちました。

明かりがつくと弥次喜多の姿がぼうっとうかんでいました。おんすての舞台上にふたりがいるのは1年半ぶりくらいでしょうか。ぴかぴかきらきらかがやいて見えました。
ふたりがいっしょにいて、たのしくやりとりしているということに泣けてきました。ガンダーラやら左耳の妖力制御装置やら面白ワードが序盤からちりばめられていて、ふりだしちゃうふりだしちゃうとおそろいの動きをしていたり、TVのカスタネットを持ち出して叩いていたり、ファンにとってはたまらないものばかりでした。
突然喜多さんが、おいらはニセモノだと泣き出すのに対して喜多さんはほんものでいと返し、優しく宥めながら、おクスリやめてずーっといっしょに暮らすんだろう?と語りかける弥次さんの優しさかっこよさに感動しきりでした。


おん喜多さんは個人的に、大人っぽい所作や一周回った現実的な考えはあれど、そこはかとなく幼さももっていて、泣くと弥次さんが来てくれるということを知っていて泣いているように見えるときがあります。おクスリのせいもあるでしょうが、声をあげて泣いたと思ったら泣き止んで、自分から弥次さんを抱きしめてやるよと言ったりして、感情の起伏がマイナス100からプラス100までを秒で行ったり来たりしているのが最高にたまりませんでした。
おん弥次さんは弥次さんの優しい部分がなみなみたっぷりで、手のかかる喜多さんを許しているというか手のかかるところが大好きなようにも見えました。困らせねえでくれ、とよしよししてあげている弥次さんは、おん弥次さんならではというか、この関係性はおん弥次喜多だからこそだなぁと思って泣けました。
いいんだよ見せつけてやれば!の後の「双……」で照明がハートに見えたときがあってにこにこしてしまいました。

 

双オリジナルキャラのヒサオとアケミは見ていくうちに、(超勝手な解釈ですが)千年ムスコのような立ち位置のようにも思えました。最後の方は紅牛や奪衣婆のような役割もしていて、このふたりの物語が軸として、さまざまにぐじゃぐじゃな世界をすっきりとみせてくれていました。
それからループというのもしりあがり先生の世界観だなあと思いました。

弥次喜多が「おいらとおめえと手に手を取って、行くぜお伊勢参り!」という決まり文句で旅に出るのを一体あと何回観られるのかなとも思ったり、川尻さんが仰っていましたが「同じ弥次喜多はいない」という言葉がほんとうに弥次喜多そのものだなと思いました(語彙の消滅)。この決まり文句、何度聞いても涙が出ます。

 

今回の歌詞も川尻さん作詞なのでしょうか、ほんとうに歌詞に泣かされます。

弥次喜多ダンシング』を最初聴いたとき、どうしてもinDEEPの『再会』以降の弥次喜多を思い出して、このかわいいダンスとすてきな曲にこの歌詞をおつけになるのか……と泣きながら感動しきりでした。
『たびたび、たび』体を低く構えていた弥次喜多が、手に手を取って歌って踊り出す瞬間が、最高に贅沢だなと思います。
世界で一人の相棒、いつでも生き返る、という歌詞の弥次さんでまた涙腺ぼろぼろになりつつ、おめえの手を握り返すんだ、で弥次さんを見る喜多さんに、弥次さんが笑顔を向けて、それを見た喜多さんがまたうれしそうな顔をするのがたまりませんでした。
歌やダンスをそつなくこなす喜多さん、さすが元役者だなといつも思い出してにやけてしまいます。そして歌の時だけではないのですが、弥次さんの笑顔がほんとうに、おてんとさんのようです。曲の終わりのポーズも初演と似ていてまた感動しました。

 

霧の中、くさいのを嫌だとか幻滅しただとか思わず、それすら自分たちのやりとりの一部にするのがさすがの間柄です。
ボンドガール達のかわいさ美しさといったら……最初こそ面食らいますが、近くで拝見するとほんっとうに美しくてびっくりしました。接着剤少女はじめ、短い言葉の応酬がたのしすぎました。
バーバラさんは動きがキレッキレでかっこよかったです。「かっちょいい……」が猛烈にかわいかった……諜報員との掛け合いもたのしかったです。

ジョディさんはダンスが上手すぎてさすがでした。キャッチするものが落ちてこないのとか、喜多さんにだいじょうぶですかぁ……と言われて怒るのも面白かったです。

ローズちゃんはダンス中に歩く姿や側転するのがとってもかわいらしくて、歌の発音もアメリカっぽくて、座った姿や声が太くてかっこいいギャップにやられました。

パメラちゃんは美女っぷりがほんとにすばらしくて、所作や笑顔がほんとに女性にしか見えないし、語尾がちゃんと「~~よん♡」に聞こえるのがびっくりしました。

そして元々ボンドガールの中では特にリーが大好きなのですが、松本祐一さん演じるリーがかわいくてしかたありませんでした……台詞をバーバラさんにとられたところや、歌って自分たちを鼓舞しようとするときの言い方がたまらなかったです。

弥次さんがジョディをじょでーと言っていたのがとても弥次さんでした(?)。YES!でいっしょにポーズを取ったり、ジョディにさわって怒られたり、急かされて泣きべそかいてる喜多さんもかわいかったです。


ジェームスボンドが愛原さんだとは夢にも思っていませんでした。格好良すぎました。そ、そんなつもりでは……の声が可憐で、次の瞬間の声がダンディすぎて惚れ惚れしました。

撃たれた喜多さんがうっと脇腹を押さえてゆっくり倒れたときの美しさと、なぜかはにかみながら喜多さんのもとに寄っていく弥次さんのかわいさが謎なのにたのしかった……霧が晴れたZ(めっちゃ笑いました)
この霧と石のお話、わけがわからないけどとても切ないお話だなと思っていたので、心落ち着く音楽とともにガール達の映像が流れて、それがほんとにかわいくて、切なさの中にたのしさもありつつ終わって穏やかな気持ちになりました。

 

愛原さんのアナウンスが面白くてしょうがなかったです。ウグイス豆の水浸しがしりあがり先生らしさ炸裂という感じでした。塀の向こう、ぐるぐる回る盆もしりあがり節という感じがしました。


この じゃんけんのやつ、おん弥次喜多のかわいさとあいまって最高でした。何でもありルールのときの喜多さんの動きが毎回へんてこでかわいかった……パラグアイの続きがあったことに笑いました……蛇……
エンドレスカベー、おちんちん、熊に殴られたみたいな顔、カーニバル!うん!、ヘイヘイヘイミュージックチャンプ、弥次さんは今日もかっこいいなあ~!等の喜多さんの自由度の高さ、それを軽く流したり気にとめなかったりいっしょになって盛り上がったりの弥次さん、双の関係性がほんとうに好きです。
武家様、ノリがよくてかっこよくて、塀の前でぴょんぴょんしている姿がかわいかったです。あんなに殺陣があるとは思っていませんでした。ぐるぐるしている間ずっと大変な手数の殺陣をやられていました。
奥方の美しいこと……衣装がめちゃくちゃお似合いでした。美しいのに舌打ちして去っていくのが大好きです。オオクワガタの人にキレて詰め寄ってたのも最高でした。
目に臼……メビウス!と、自由なのに勘が鋭い喜多さん、いつもいろいろと気づくのは喜多さんだなと思います。メビウスの映像、原作の塀におん弥次喜多+お武家様ですごかった……
武家様が弟に再会するというのがまた切ないお話でした。何ともいえない表情でお武家様を見送る弥次喜多、お元気でと言葉をかける弥次さんと、力なくはにかむ喜多さんで、余計切なくなりました。

 

万ジョンという略称がほんとにおなか痛くなるくらい笑いました……パンフレットやツイッターで……
万ジョンさんの曲が増えてたのにも笑いました。愛されキャラの万ジョンさん、グッズがほしいです。千秋楽でのへんな動きが忘れられません。

その横で、着崩れた喜多さんの着物を直してあげていた弥次さんの甲斐甲斐しさも忘れられません。藤原さんが帯を持ってふらふらしていると唐橋さんが着付けてくれる、という話を思い出しました。
回答で印象的なのは、なかのおおえのおうじFes.です。
そして、万ジョンさんがヒゲを与える役というのに驚きました。

パリピかい!?のくだり、双の弥次喜多はふたりでこういう遊びをするのが多くてかわいくてしかたないです。


糊の里のお話はいろいろ考えさせられるなと思うのですが、弥次さんの 別に愛と肉欲なんざ混乱してたっていいと思うけどなあ……という台詞で万事解決してるのが好きです。
ここでも喜多さんの勘の良さが発揮されてますが、ここで見得を切るとは思っていなかったので、また贅沢なものを観たなあと思います。映画では、旅に出るときに 面白くねえわけがねえ!とかっこよく決めてた喜多さん、双ではかわいさ成分多めなのが最高でした。
松本祐一さんの演技に涙が出ました。何を背負っているかわからなくなってしまった、という男の人に、奧さんはとってもきれいでしたよ、と若奥さんが声をかけるのがたまりません。それを聞いて、見ることができない背中の遺体に優しく触れる姿で、また涙腺がこわれました。
その横で遺体の足に顔がさわってしまった喜多さんに泣きつかれる弥次さんもかわいかったです。
世話役夫婦の体がはがれてお互いの姿を見られたところも、うれしそうな声に感動しました。糊の里はほんとうに心がぽかぽかする終わり方で、ほっとなごみました。

 

そんな中、実は繰り返しているというのが双の弥次喜多の世界で、繰り返しながら次の話へと移り変わっているという面白い構成でした。
糊の里のあとに晩餐会をもってくるという……
『晩餐会』は、インタビューなどで知るまでは正直舞台ではやらないと思っていました。

つめたい空気がふっと流れてきて、真っ暗闇の中、蝋燭の灯りがぼうっと見えたときは、本気で戻さないように口を押さえるのがやっとでした。暗がりに喜多さんの着物の黄色が不気味に浮かび上がって、襖がうすい朱色のように見えてすさまじかったです。
加藤さんの義眼の男は、こわい などという生易しいものではありませんでした。台詞のひとつひとつに、聞くものが総毛立つ何かが滲んでいました。ただでさえ……からの台詞で、ああ晩餐会を舞台で観られてよかったと思うと同時に、全身が凍りました。しぬかと思いました。初日は、爪の間に……のところで笑い声が起きていたような気がするんですが、日が経つにつれだんだんとその笑いもなくなっていったのが余計おそろしかったです。
でかい男が登場してから、ずっと鳴っている低い音の気持ち悪さでかなり精神をやられました。
足立さんのでかい男、ずっと桶がほしいと繰り返し言っている中で、お侍と義眼の男の仲を諫めていたりと優しげな雰囲気もありました。声色の使い方がほんとうにお上手な方だと思いました。
お侍さんが始終空中をそわそわ見渡していて、寒い寒いといいながらお伊勢さんに執着していたのが印象的でした。黒リンパの襖を開けたのが義眼の男でなくお侍さんというのも強烈でした。刀をなかなか仕舞えなくて、刃を直接持って仕舞っていたかわいい仕草が、晩餐会で数少ない、ふっと息をつけるところでした。オミツちゃんと五平さんが足をちぢめて喜多さんを通すところもほんのちょっと息をつけましたが、それ以外は無理でした。
オミツちゃんは、妖艶なあがささんが演じるということもあって、鳥の王のもとにいるオミツちゃんのイメージももちながら観ました。あの狂気は何にも形容しがたいものでした。あ、い、の表現の仕方もなるほどと思いました。
五平さんの、次第に露わになっていく怖さや狂い加減、たまりませんでした。話をうまいことそらしながら、その場にいる人々を混沌に向かわせていくのが、あの笑顔がほんとうに怖かったです。突如すばらしい声で歌い出すのもおそろしかった……後半の回はオミツちゃんも歌ってて恐ろしさが倍増してました……回数を観たので、かろうじて、黄泉魚のハーブ焼きをぶん投げたのが一度だけうまいことお皿にのっていたのを目にすることはできましたが、笑う余裕はありませんでした。
愛原さんのマミちゃんの執念、生きることへの未練がつらかったです。誰でもああいう境遇になったらそうなってしまうんじゃないかと思いました。歌がかわいいのが余計くるっててしんどかったです。
松本寛也さんは弥次喜多と同じかそれ以上にずっと舞台上にいて、でも各登場人物の印象が強すぎてそういう感覚がありませんでしたが、あとから確認したら本当に出ずっぱりですごいです……ヒサオがこの一連の話をわかりやすくしてくれていたようにも見えました。
シロのヒーローっぽさはさすが松本祐一さんというか、シロがつなぎとめてくれたものもたくさんあって、まずイベントでシロが出るということを知ってからどうなってしまうんだということばっかり思っていました。ふたりに立ち向かうシロが本当にかっこよかったです。
そしていちばんびっくりしたのが、『神様』ということでした。ものすごい衝撃が……上のほうで面白い動きをしていましたがおそろしくてしょうがなかったです。この神様については何かいろいろ考えてしまいました。屏風を閉めたのも神様だし……どういうあれなんでしょうか……
晩餐会後半喜多さんの表情がぬけおちたような顔をしていたのが強烈でした。おびえたような顔が次第に無表情になって、誰が何をわめいていても宙を見つめているのに鳥肌が立ちました。メインディッシュにフォークを振り下ろす直前のわずかな間、弥次さんを見つめる様子がしんどすぎました。刺した後の虚無の表情、弥次さんだと気づいたときの感情が戻ってくる様子、晩餐会を観られてよかったとまた思いました。本当に転びながら無我夢中で駆け寄ったり、いろんなものを吸い出されてるときにげぼっと咽せたりしたときがあって、喜多さんにとっても心身ともに疲弊する話だったと思います。
弥次さんが、自分が誰だかわからなくなっているところで無性に泣けました。マミちゃんや神様に翻弄されて、何度も襖の向こうに行こうとする弥次さんが無意識に喜多さんやお伊勢さんを求めているのが、そこをぼこぼこ殴られているのが見ていてつらかった……。

ヒサオに逃げろ、男なら旅に出ろという言葉を伝えているのを、やっぱりどこか千年ムスコへの言葉に通ずるものがあるような気がしながら聞きました。『えにし』の歌詞でもありましたし、おんTVの「おめえらもついてこい」を向けている相手を勝手にそう感じていたので、ヒサオがんばれと思わずにいられませんでした。完全に妄想ですが『弥次喜多パンク』の最後の、「おめえに届け」も同じくそう思いました。
何より盆が回転するというたまらなさ……しりあがり先生のうみだした作品が舞台上で生きて回転していることが本当にすごい、としか言いようがありませんでした。
おいでませ地獄の歌と、いやだと叫ぶ義眼の男の声がいつまでも頭から離れません。
戻ってくるとき、おかえり喜多さん と穏やかな声で呼ぶ弥次さんにほっとしました。
五平さんとオミツちゃんがいるので、今後舞台でどうなるのか気になってしかたないです。

 

『晩餐会』からの『海』は、心から驚いたのと、泣けたのとで、感情がものすごく忙しくなりました。『海』のお話は、おん弥次喜多さんで観られたらいいなとずっと思っていたので、本当にうれしかったです。
「貝をふんだー!!」と大騒ぎする喜多さんがやっぱり良い意味で幼く見えました……どうも おん喜多さんは弥次さんに愛されてることをちゃんと自覚していて、そのことに幸せをちゃんと感じていて、死にあこがれは抱いていても自分には弥次さんがいるということを理解して大好きでいるように思える(当社比)ので、あれほど突拍子もないことを言ったりやったりしても弥次さんは一緒にいてくれるということをわかってる(ように見える)喜多さんが、弥次さんの一言に その愛されてるということが揺らいでいる様子が、心の底からつらかったです。

おん弥次さんは優しくて、喜多さんのことを大事に大切にしているので、ついうっかりあんなことが口をついて出たんだろうかなとも思いつつ……原作弥次さんは割とひどいことを笑顔でしますし、喜多さんもどう思ってるのかはわからないけどそれを許してるというか、ちょっとある面ではあきらめてる部分もあるように見えるので『海』でとうとう拗ねたっていう感じもするんですが(それでも涙を流してて、見てるのが悲しすぎましたが)、おん弥次喜多さんで『海』をやると、弥次さんの愛や優しさにぬくぬくしていた喜多さんが突然足場を失うという衝撃が伝わってきて、破壊力がすごいな……と観てから思いました。軽率に観たいと思ってた自分をビンタしたいです。
なので、眠たげな弥次さんの隣で貝をふんだーと大声で騒ぎ、失われた方が価値がわかると言われて、普段あんなにとんちんかんな行動をしてるのにそれがその一言でぴたっと止んで、でもすぐ問い詰めたりせず黙ってその場を去っていくときの喜多さんの顔がたまらなくつらかったです。すこし笑ってつぶやく顔がかなしそうで、裾にするりと消えていくとき貝を耳に当ててたときがあって、もうその時点で心の内はかなしさでいっぱいになってしまってるんだろうなと思うとしんどかった……
おいらのせいで喜多さんが失われちまったと大慌てする弥次さんも、唐突に現れるプラトンも大好きです。プラトンのおんすて感が大好きです。あああ。という返事やらどこを指してるんだかわからない指や手やら、罪人は初演の修子さんの甲高い叫びを思い出したのもあいまってめちゃくちゃ笑いました。おんすてに出てくる、「よくわからないんだけど良い人っぽい人」が大好きです。
ヒサオと弥次さんのやりとりは、双のまとめというかここに大事なことがぜんぶつまっていて、あたたかい歌もすてきでした。いっしょにいられるうちに気づかないといけない、ちゃんと失うということがどういうことか、先に進むために何が大事か、ヒサオとアケミのシーンは何度も観返したくなります。アケミの最後の手は何かもうさすがすぎました。
弥次さんの弥次さん のかわいさがとんでもなかった……こんなにかわいい童貞があってたまりますかと思いながら、とっても優しくて、弥次さんのことを誰よりもわかってる(当たり前かもしれない)DTさんがいなかったらどうなってたんだろうなと思いました。
一生をかけてもいいと思える大切なもん、が当たり前ですが喜多さんで、失いたくないものなんだということに目頭が熱くなりました。
ひとりぼっちでシャボン玉を吹く喜多さんのさびしさに涙しつつ、未練の唄にも続きがあるんだなと思って笑いました。カスタネットをべちべち叩いたと思ったらリコーダーを適当に吹き始めたかわいさに笑い、迎えにきた弥次さんにもう若くないし、とつぶやきながら呪いの貝までぽいぽいと捨てていくのに泣きました。
優しくて喜多さんを大切にしてるけど、肝心なことを素直に口にするのは苦手な江戸っ子っぷりを弥次さんが発揮しててかわいかった……DTさんが言い合うふたりを愛おしそうに見つめながら叫ぶのが、面白いんだけど泣けて泣けてしょうがなかったです。
海に飛び込んで、珊瑚やらわかめやら言いながら泳いでるふたりがもう仲直りというかお互いに向かい合っていくというのが弥次喜多だなと思いました。おいしい?しょっぱい。だよね。のやりとり……


またふりだしか……と自嘲気味に笑う喜多さんに、きっと先に進んだんだと差し出す弥次さんの手が優しさであふれていました。拗ねる喜多さんに、部屋でもどうにも口にできない弥次さん、口にしなくていいから形にしておくれよ、に対してのありがとよ、という返事にたまらない気持ちになりました。
笑みでゆるんだ口元を満足げにぬぐいながら、歌う弥次さんを見ている喜多さんが、最高にしあわせそうに見えました。
弥次喜多パンク』は圧巻で、しあわせをありがとうございますと思うのと同時に、歌詞でどうしてもinDEEPの概念へ向かう弥次喜多のことを思い浮かべてしまって、こんなにたのしく歌って踊っているのに深淵が垣間見えるようでいくつもの意味で涙が出ました。「おめえに届け」の相手が弥次喜多それぞれのことを指しつつ、いろんな考え方ができるような気もして、目の前に広がるきらきらな登場人物の方々が笑顔で歌い踊っていて、めまぐるしく贅沢な時間でした。

 

歩みをはじめたヒサオに、またな!と送り出す弥次喜多。ヒサオが振り返ってふしぎそうな顔をしたり微笑んだりして、ここから先に進んでいくんだということがわかって、心がぽかぽかしました。また拗ねる喜多さんと、ちょっと遠回しに気持ちを伝える弥次さんを見ていると にこにこしてしまいます。誰かの背中を優しくさすって押してあげるのが、真夜中の弥次喜多の大好きなところです。

最後も、いっしょにいくかい?いいのかい、ありがとよ。というやりとりで終わるのが、おん弥次喜多はほんとにすてきだなと思いました。

 


弥次喜多は魂がひとつとひとつでふたつ、という川尻さんのお言葉がほんとうにぴったりで、川尻さんのお言葉で頭の中が整頓されるといいますか、すっと気持ちがまとまる感じがいたします。ここまで原作を大切に忠実にした脚本、そして役者さん方の魅力をたっぷり引き出す演出、原作ファンにも役者さんファンにも、ほんとうにうれしいことだと思います。それを叶えてくださる川尻さんのお力は計り知れません。

いつの間にかいっしょにいなくなることで面倒が巻き起こる、 説明もなく理解する前に話が進んで積み重なっていくという、役者さんやしりあがり先生のお言葉を思い出すと、弥次喜多の面白さがさらに深まっていく気がします。
原作でも映画でも、弥次喜多はなかなかいっしょにそろう時間が短い(特に映画は、いっしょにいる時間のほうが短いのではと思うほどに離ればなれで、ずっとお互いを探しているような感覚でした)ので、余計に切なさやつらさがふえていくようなところもあるのですが、双は離ればなれになることはあれど、いっしょにいる時間がとてもたのしそうでしあわせそうで、古谷さんもブログで仰っていましたが、弥次喜多のことを一生見ていられる、というのがほんとにその通りで、ずっとずっと見ていたくなるふたりでした。

 

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次回は三重(仮)ということですが、しりあがり先生のお言葉をお借りすると『今回はどんなだ!?』と、また思うようななかみになっているのだろうなと思います。真夜中の弥次喜多はどうもお伊勢に着かないんじゃないかというところはありますが、三重という仮称がついているのでいろいろな意味が考えられてものすごくたのしみですし、晩餐会が舞台になったことで、その後の五平さんやオミツちゃんは……と思うところです。

東海道中膝栗毛から216年になる来年の三重(仮)、いちばんあたらしい弥次喜多の世界を味わえる時代にいられてよかったです。
そして、おん・てぃーびー2期もあったらいいなと、三重の続きもあったらいいなと、弥次喜多の旅がずっと続いていけばいいなと、切に願っております。

さらにお伊勢さまに願うとしたら、おん弥次喜多さんで、ふたりの出会いのお話を、いつか観ることができますように。

 

長々と大変申し訳ございませんでした。
たのしくやさしく、奥深い双の旅を、ほんとうにありがとうございました。
きょうの弥次喜多は どのあたりを歩いているのでしょうか。

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